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能面考察
能面素材の特性について
(1)木材
 なぜ、木は変形、干割れするのか。木は生きているとき、
細胞と細胞の隙間に多くの水分を持っている。木が木材となり乾燥し始めると、
まず細胞の隙間から、次に細胞壁自体から水分が失われる。
このうち、細胞壁自体から水分が失われるとき、失った水分の分だけ
細胞壁が縮んでしまうのである。つまり、木の収縮が起こる。木材は、
水分を含んだとき(湿潤化)膨張し、水分を失うとき(乾燥)収縮する。
均一に膨張・収縮すれば変形はせず干割れすることもないから、
木は湿潤化や乾燥によって不均一に膨張・収縮していることになる。

 変形原因として、
一、木材が水分を十分含んだ状態から急激に収縮(乾燥)した場合を考える。
  木材が急激に乾燥していく時、表面が乾燥していても内部に多くの水分を
含んだ状態、つまり不均一な乾燥状態になる。表面が乾燥して先に収縮が
起こり、変形する。しかも表面と内部との時間的な収縮の「ずれ」は、連続
して起こるのである。
 表面から内部へ乾燥していく間で、初めは表面近くで次にそのすぐ内側で、
収縮の差は生まれるわけで、変形はその木材が完全に乾燥してしまう
まで進む。しかも、木材が内部まで乾燥した時、乾燥は均一な状態となる
が、収縮の過程で発生した変形はそのままで小さくならない。変形は残るの
である。
 次に、その木材に水分を与えれば逆に膨張する。そのあとに改めて表面が
先に乾燥しないよう、ゆっくりと出来るだけ均一に乾燥させても、先の変形は小
さくはなるが、無くならない。
 変形を小さくするには、表面が内部と同じように乾燥するように、できるだけ
ゆっくりと乾燥させれば良いのであり、そのための工夫が必要である。
一、膨張(湿潤化)の場合を考える。
 乾燥とは逆に表面層が先に伸びるのであるが、たとえば片面だけに急に水分を
与えた場合、片面(表面層)が急激に水分を吸収して膨張し、変形が起こる。
ただ、湿潤状態の木材は柔軟となり、融通性が増すので、実被害があまり 
目立たない。知っておくべきではあるが、実際はその後の乾燥の段階に、
より注意を払うべきであるだろう。(以上の理由により過マンガン酸カリウム水溶
液による裏面の処理には細心の注意を要する。)
 木が生きている時の十分に水分を持っている状態から、それが木材にされて
大気湿度に慣れるに従って必ず水分は少なくなって収縮を起こす。          さらに湿度変化に対して木が寸法を変えて対応するのである。
 水にぬれた場合だけでなく、湿気の多い環境の中でも木材は空気中の水分を
吸収する。逆に湿気のない環境に移された時、木材自身の水分を蒸発させて
乾燥の段階になる。木材はまわりの湿度変化によって伸び縮みする。
 以上のように木材に対しする急激な乾燥が変形や干割れを発生させる原因と
なる。ならば急激な乾燥を避け、表面が先に乾燥しないようにできるだけゆっくり
と乾燥させれば良い。では、実際には不可能であるが表面と内部が同時に、
つまり一様に乾燥した場合、木材は均一に収縮し、変形は起こらないだろうか。
答えは 否、である。
 木材が収縮するのは細胞壁自体から水分を失うことにより、細胞壁が縮むため
である。したがって、木材を作っている細胞のあり方により、たとえ一様に乾燥
したとしても、木自身の方向により収縮の量に差があり、その差によって変形が
起こる。木自身の方向とは木材が木であった時の方向、長さ(上下)・半径(中心
と表皮を結ぶ線)・年輪の各方向である。また、伸び縮みは長さ方向で最も少なく
次に半径方向、年輪に沿った方向で最も大きくなる。
 このうち長さ方向は他の二つの方向とは干渉し合わないので問題はない。
しかし、年輪をなぞれば一回りして円となるから年輪方向と半径方向とは
「円と半径」の関係から干渉し合うことになる。つまり、伸び縮みの差があれば
木は変形し、さらに円周と半径の関係が崩れて干割れができるのである。
 半径方向の縮みよりも年輪方向の縮みのほうが大きい。つまり、円周と半径の
関係が崩れるというのは円周が切れるということであり、この場合の干割れは
縮みの差からくる緊張が一番高まる部分で発生し、一か所ないし数か所に
とどまるが比較的大きいものとなる。
 一方、先に考えた急乾燥の場合では表面部分に比較的小さい干割れが多く
発生するのが特徴である。
 ただし、木材を一様に乾燥しようと努力しても実際は多少とも表面から乾燥して
いくから、これに木材自身の方向による収縮量の差が重なって変形し、
干割れするのである。
 木(檜)が木材となり、能面の素材となった時、変形および干割れはどのように
現れるだろうか。普通、檜材は四角い状態で手に入れる。まず、その木材(檜材)
自身の水分量の多少について見なくてはいけない。まだ十分に水分を含んだ
状態である場合はその後の乾燥に注意を払わなければならない。
 木材を保存する場合、上下の木口に接着剤が塗られているなど、処置が施され
ていればそのまま乾燥を待てば良く、万一それがなされていない場合はすぐに
処置を施すだけで良い。
 問題はすぐ制作に入る場合で、寸法を合わせるなど木口を切り落とした状態で
決して放置してはならない。もしそのままにすれば、内部との収縮の違いから
木口部分に干割れが発生し、その後内部まで乾燥(まわりの湿度と一致)するま
で干割れは大きくなるだろう。つまり、表面部分が先に乾燥することにより縮み、
内部部分を押さえようとはたらく。しかし、内部部分のほうが量的に大きいから
逆に表面層が内部から押し広げられることになり、いっぱいに膨らんだ風船の
ゴムのごとく、いちばん弱い部分に亀裂が起こる。表面層の両端から中心に
向かって縮もうとする力と、内部部分の反発は両端よりも中心に強くはたらく。
また、木口部分では水分の蒸発が激しいから、干割れは上下の木口中心近くに
数多く発生するのである。
 亀裂・・・干割れを防ぐためには表面だけが急激に乾燥するのを避けるため、
      早い段階で面裏をある程度彫る必要がある。また、荒彫り以後も十分
      に乾燥を確認して先に進むべきであろう。これは水分量の多い素材で
       ある場合だけでなく、常に心がけるべきことである。
 檜材が完全に乾燥した状態であれば良いが、それはまれで制作途中でも乾燥
が進んでいるのが普通である。そして一様に乾燥させた場合も先に述べた通り、
変形は現れる。
 変形はどう現れるか。木の半径方向より年輪方向で、より収縮がおおきいから
 能面の形から見ると、能面の左右の「そり」が強くなる方向で現れる。ただし、
 左右対称でない場合は「そり」も左右対称でなくなるので注意が必要である。
 このことからも、制作途中で素材の十分な乾燥を確認して彫り上げることが必要
と思われる。「形」だけでなく、素材(檜材)そのものにも留意しながら制作すべきで
あろう。
 これらのことは、能面となってからも同様である。
  まわりの環境に対し、素材(檜材)部分はどう変化するだろうか。
  乾燥した部屋に移された後、すぐに展示される場合どうだろうか。
これらの問いに対して言えるのは、急乾燥は絶対に避けるべきであるということだ。
 また、木材の伸び縮みに胡粉層がどう変化するか。湿潤化の場合も同様である。
表面の胡粉層との関係からも、配慮が必要であろう。
 「ぬり」の工程の後は急乾燥だけでなく、急な湿潤化も避けるべきである。
胡粉層が木材の伸び縮みについてゆけず、亀裂や剥離することも考えられる。
 この様に考えると、能面を入れる「面袋」は周りの湿度変化を中の綿が吸収し、
緩和してくれるという点からも、保存・携帯に適していることがわかる。新しい環境の
中では面袋に入れた状態で、ゆっくり慣れさせた上で取り出されるのが最も適切と
いえよう。
 木を素材にして能面を制作するからには、まわりの湿度変化には常に留意が必要である。

 追記・・・なぜ檜(ヒノキ)、特に木曾檜なのか。
      檜については他に比べ、細胞のあり方が緻密で整然としている。均質で
      ある。乾燥・湿潤化にともなう伸び縮みのありようを考えても、好ましいと
      いえよう。何かの資料で、もし檜の顕微鏡写真を見るならば、その均質さ
      が分かると思う。
      なお、木材の変形(狂い)は、厳密には乾燥によるものだけではないが、
      檜ということ、能面制作と能面の取扱を念頭に木材が均質であるとして
      述べたものである。全ての木材にそのままではないが、根本的に当ては
      まるものである。

 日本能面巧芸会  小島 旺雲

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